chapter6. deeper-lying structure
                      深層パズル-心裏-
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 抵抗か、犯られるか。
 ───俺には、それしかなかった。
 
 
 それなのに、“イカせて”と言わされ、心を潰した。
 そして、自分で“挿れろ”と命令された。
 プライドを捨てるだけじゃ、足りなかった。
 ……感情も感覚も、この身体が反応する何もかもを、俺は放棄した。
 総て死んだモノとして、従った。
 自からアイツに跨り、あてがわれたモノを受け入れて、座り込んで……。
 ───あの時の屈辱は、俺にとって、死に値したんだ。
 
 
 
 
 そして、新たな強要。
 ……この悪魔は、いつでもそうだ……底の底が、まだある────
 
 
 
 
「……僕のシャツの、前も開けて」
「──────」
 
 涼しい声で言いながらも、指を動かしてくる。体内に沸き起こる疼きで、また喘いでしまいそうになる。
「……………」
 コイツに今から犯されるために、自分で服を脱ぎ、脱がせてやるなんて………。
 
 自発的に動かされるのが、何よりも悔しい。
 それなのに、『悦んでる』と言われるのは、もっと許せない。
 そして植え込まれた恐怖。
 従わないと、終わらない……
 
 この檻の中で、どんなに自由を与えられたって、結局はこの悪魔の言いなりだ。
 それをまた、心に刻みつける。
 また勘違いしそうになっていた自分を、戒めた。
 
 
 
「…………」
 喘ぎ声が漏れないように、唇を引き結んで、目の前の襟首に手を伸ばした。
 震える指を、悟られたくない。ボタンを一つ一つ外すために指先に力を込めると、腹の中の指を感じる。
 ───くそッ……
 意識しないようにさっさと外して、腕をソファーに落とした。
 嬉しそうに、オッサンが俺を見下ろしてくる。
 
「………あッ」
 思わず声が、漏れてしまった。
 はだけたオッサンの胸と俺の胸、そして晒した2本を重ね合わせて、抱き締められた。
 ───ん……熱い…!
 挿れ直した指に合わせて、腰を動かす。肉棒を押し付けて擦ってくる感触が、直に俺のを刺激する。
 ……なんだ? ……すご……
「ぁ………はぁ…ッ」
 呼吸が吐息になってしまう。
 指で扱かれるより、熱い塊で擦られる方が、何倍も………!
 抱き合わせる胸の肌まで、普段と違う気がした。
 ……メグには、咥えて舐めてあげてばかり。
 小さな身体を潰してしまいそうで、こんなふうにのし掛かったことはなかった。
「ぁあッ……」
 硬くて滑った肉棒が、俺にしつこくつきまとう。その熱が、俺のモノまで熱くしていく……
「んっ……ぅああ…」
 
 ────このままじゃ…!
 掘られるのとは違う悔しさが、込み上げてきた。雄同士をすり合わせて、喘いでしまうなんて…。
 ……冗談じゃない……こんなことでイキたくない!
 必死に目を瞑って、首を振った。
 
 
 
「ねぇ、克晴……体温て……気持ちいいね」
 オッサンは勝手に興奮している。
 声を震わせながら、何度も唇を捉えて、軽いキスをしてきた。
 
 ────体温……?
 
 つい、その顔を見た。そんな言葉を、よくも……
 コイツはいつも服を着たまま。
 俺だけ脱がされて、ヤラれて。最後には脱いでるけど、その頃にはもう…俺には何も分からなくなるほど、メチャクチャにされている。
 それに、“体温”は、俺とメグの繋がりなんだ。コイツなんかに……!
 
 俺の悔しさなんか、わかりはしない。
 俺の大事にしているモノを、判ろうともしない。
 オッサンは自分だけ気持ちよくなって、俺を道連れにしようとしていた。
 
「挿れるだけが、セックスじゃないよ。僕の愛撫で……感じて…」
「んぁッ……はッ…!」
 ───クソッ…、声が……
 言うだけの何かを、刺激として身体が感じている。
 滑りながら擦れる2本の塊は、その硬さを競うように反り返って、絡んだ。
 
 ────熱い…!
 
 括れで引っ掻いてくる。上下の動きで、根本から擦りあげる。なにより、その弾力が……
 そして、内側をピンポイントで突かれて、逃げようがない。
「ぁッ……アァッ……」
 体内でそこを刺激されるたび、押し出されるような快感が這い上がった。
 
 
「ぬるぬるの先端合わせて擦るの、どう? ……僕の愛撫、感じてるよね…裏スジの下まで、べちょべちょだよ」
「……クッ……」
「すごいね、二人の水音……クチュクチュいってるよ…」
 オッサンが嬉しそうに息を弾ませながら、淫猥な音を大きくしていく。
 
 
「硬いよ克晴のペニス……はぁ……僕が…負けそ…」
 ハァッ…ハァッ……うるさい……
 
「……かつはる……イッていいんだよ、気持ちいいんでしょ?」
 やめろ……言うなッ! 
 
 知りたくない……感じたくない!
「…んんっ……ァアアッ……!」
 
 
 ソファーに埋もれて、背中を反らすことも出来ない。情け無い俺の身体は、腹の中から背筋を突き抜ける快感に、震えた。
 まっしぐらに、絶頂を目指していく。
 指を締め付けて、腸壁を搾って、前への快感と連動する。全身が痙攣して、頭も痺れて真っ白になった。
 
 
「ごめん、僕───イクッ……」
「クッ……ぁ……あぁッ…ああッ!」
 
 
 二人同時に叫び声をあげて、白濁を何度も腹の間に飛び散らせていた。
「………はぁッ…はぁッ……」
 イッた後の脈動まで、擦り合わされた。
 硬度は落ちていくけれど、先端はすごい敏感になってるのに。
「…ん」
 堪らず漏らした声に、オッサンが目を輝かせた。
「ああ……色っぽいなぁ…その声」
「────ッ」
 引き結んだ唇に、強引に舌を入れてくる。
「ダメだよ、すぐ閉じちゃうんだから……この口は…」
 まだ呼吸も整わないまま、咥内中を蹂躙された。
 
 
 ────悔しい…悔しい……!
 しつこいディープキスを受けながら、治まらない心臓の早鐘が、そう叫んでいる。
 いっそ何も感じなければ……
 どれだけそれを願ったか───
 俺の上で動かなくなったオッサンの息が、頬にかかる。
 自分が嫌で、この悪魔が憎くて、顔を背けたまま目を開けることが出来なかった。
 
 
 
「……ごめん。もう、ソファーで襲わないから……また新聞、ここで読んでね」
 
 俺が余りに動かないままでいるから、オッサンがしょげた声を出した。
「………」
 空々しいその声に、呆れて一瞥だけくれてやった。
 嘘つけ!
 何度そんなことを、言ってきたか。無視出来ないほど、腹が立った。終わったんだから、早く退けってんだ!
 
 
 でも俺は、諦めないって決めたんだ。
 こんなこと、もう何回もくり返されている。
 今更、傷付いたって、どんなに恥辱に打ちのめされたって……
 それでも情報収集は必要だと、自分に言い聞かせて。いつか逃げ出したときのために。
 “今日が何日なのか”
 それだけを自分に判らせるために、次の日もソファーに座った。
 
 
 
 
 
 その代わりのように、オッサンはベッドにひっきりなしに入ってきた。
 朝だろうが昼だろうが、俺が寝込んで起きたときは、必ず背後から抱き締められていた。
 
 
「………………?」
 
 ……まただ。
 ふと目を覚まして、そのままぼんやりしていた。
 相変わらずカーテンは閉まっていて、時間なんか分からない。
 薄暗がりの中で、乱れたシーツの上に投げ出している、プレートの嵌った腕を眺めていた。
「…………」
 朦朧として意識を取り戻したとき、まだ夢の中にいるような感覚に陥る。
 時々思い出す、“背中が温かい”って、変な気持ち。
 オッサンの体温は、洋服越しにいつも背中からあった。その体温で意識が戻りかける時、恵を抱き締めている錯覚を、今も起こす。
 懐かしい気配はすぐに入れ替わってしまうけれど、ここ2、3日……なぜだか6年前のオッサンが、そこにいる気がした。
 
「──────」
 胸の前で組まれている腕を眺めて、そのもやもやが何なのか、分析しようとしてみた。
「……克晴……起きたの?」
 背後から、寝ぼけた声。
 動き出した手が、無意識にも俺の胸を撫で回し始めた。
 
「─────!」
 空漠とした想いから、引き剥がされた。いきなり現実に、意識が戻った。
 ……こうなると、もうわからない。
 
 
「…………」
 俺は腕を振り払って、シャワーを浴びに行こうと起きあがった。
「克晴!」
「……んッ」
 いきなり押し倒されて、唇を塞がれた。
「克晴……かつはる……」
「んっ……ん…」
 ねちっこく舌を絡ませながら、何度も俺を呼ぶ。
 …………? なんか、変だ……
 両手で顔を挟んで、至近距離で見つめてくる。
「やっと手に入れた…僕のだ…………離さない」
「…………………!?」
 その時の泣きそうな顔は、思わず見つめ返してしまうような、胸に迫る何かが漂っていた。
 ────なんだ? なんで、そんな顔……するんだ?
 いつもの興奮は、まるっきり無い。
 ────なんで、コイツが泣いているんだ……
 
 
 その日から、オッサンの行動が変わった。
 変に落ち着かない。何かに怯えたように、自分の立てた音にまで驚いたり……。
 性行為を、ぴたりとしなくなった。毎晩添い寝はするけれど、身体を弄っても来ない。俺を背中から抱き締めて、いつまでも黙っていた。
 
 
 毎日一回以上、必ず犯され続けていた俺の身体は、信じられないくらいラクになった。
 考えるゆとりが出来て、思考回路も回復してきた。
 でも、自分の不安定な妙な感覚……オッサンの異変……模索していた不快な感傷に、答えを出す猶予は、俺にはなかった。
 
 
 
 
 
 
 
 
「克晴、コレ飲んで!」
 数日後、いきなり部屋に入ってきたオッサンに、何かを飲まされた。
「なに……ッ!」
 抵抗する間もなく、口移しで飲まされた水で、睡眠薬は俺の胃に落ちた。
 
 
 
 
 
「……はる……いいね?」
 呼びかける声に、目を覚ました。
 霞む目に映って来たのは、見下ろしてくるオッサンと、見慣れない小部屋……
「…………?」
 不自由を感じて首を起こすと、後手にプレートが繋がっていた。アンクレットも両脚を拘束している。
 そして、 全身素っ裸だった。
 ─────!?
 
 窓にはカーテンが閉まっていて、他は布団一組だけ。そこに俺は、寝かされていた。
「……なんだ……ここ?」
 起きあがれずに、俺の前に蹲っているオッサンを睨み上げた。
「何しようってんだ!? こんな……」
 言いなりになれば、服を与えてやるって言ってたクセに!
 まだ、何かしたりないのか。
 また自由と服を奪われたことに、怒りが沸き上がる。
 
「克晴、聞いて!」
 俺の怒りに被せるように、オッサンが必死な声で、囁いた。
「…………?」
「何があっても、騒がないで。声を出しちゃダメだよ!」
 ………なに……
「本当はこんなコト、したくないんだ。でも……」
 薄い掛け布団を俺に被せると、頬を撫でてきた。
「不自由させちゃうけど、ごめんね」
「…………?」
「ここは防音が効かないんだ。だから騒がないで。お願いだから! 必ず迎えに来るから!」
 それだけ言うと、ふいに口の端を上げて笑った。
「……こんなカッコじゃ、逃げられないよね?」
 
 ───────!?
 
 
 不可解なことだらけで、腹の底が熱くなった。
 何がしたいんだ──何が言いたいんだ? この男は!
 
 言い返そうとした俺に、またさっきの薬を飲ませてきた。
「……んんッ!」
「……寝ていてね、なるべく急いで戻ってくる」
 
 
 
 掠れる意識の中で、部屋を出て行く背中を、見つめた。
 ─────なんだ? 
 何があって、こんなことに……
 
 オッサンの顔色は、ただごとじゃない。
 時々見せる真っ白な、魂も凍ってしまうほど何かを恐れているような、そんな表情……
 
 あれは、いったい何なんだ……?
 最後に見せた、意味深な笑いも………
 
 
 
そこまでで、俺の意識は途切れた。
 


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