僕のお仕事 index/novel
4.睦月さん 1  1.2.3.
 

 
「……ん」
 優しい口付けの瞬間、きゅっと眼を瞑る。
 耳に、首に、胸に、そっとそっと、柔らかい感触が降りてくる。
 敏感な部分に触れるたび、肌が粟立った。
 でも同時に、優しすぎて僕は違和感を覚えた。
 ……あの痛いキスを思い出す。
 
 ああ、違う人なんだな……。
 あの人じゃない男の人が、僕の上にいる。
 
 下腹部へ唇が降りていくと、知らずに身体が震えた。
「…………」
 そんな僕を、睦月さんが一瞥する。
「気に入らないなぁ」
「え?」
「だめだよ。ぼくの下に居て、他の人を想うのは」
 睦月さんの顔が近づく。唇が重ねられて、睦月さんの舌が僕の中に入ってきた。
 両手で頬を支えられて、背けられない。
「………んっ」
 何度も角度を変えて、何度も吸い上げては逃がし、また絡めてくる。そうやって、僕の舌を味わい尽くした。
 優しい柔らかい舌。この口付けも、僕が知っているのと全然違った。
「……はぁ……」
 甘い甘い口付け。
 拒否すれば、出来なくも無かっただろう。
 だけど、有無を言わさぬ何かがあった。
 ちらりと見せた、無言の一瞥のせいかもしれない。その瞳に心臓を掴まれた。
 満足したように唇を離すと、唾液が僕の口の端から流れるのを、その舌で舐め取った。濡れる口元が、妖しいほど美しい。
「君に何があったかは、ぼくは知らない。でも今は、ぼくだけを感じなきゃ駄目だよ」
 耳元で、そう囁く。
「ぼくをだけを感じて………きみを高めるのは、ぼくだ……」
「………っつ!」
 息が上がって返事が出来ないでいた僕の胸の尖りを、いきなり吸い上げた。
「……んんっ」
「はい、は?」
「……はぁ………、はい……睦月さん」
 何とか返事ができた。
 身体中を甘い快感が走り回る。
 睦月さんの愛撫は、徹底的に甘かった。
「……ぁあ………はぁ……」
 常に甘い吐息を吐かされて、僕の身体は焦れた。
 唇は優しく触れて、そっと啄ばむだけ。唇が離れる時、湿った舌が一瞬肌を掠る。
 何度も何度も場所を変えて繰り返す。
 もう、もはや睦月さんの視線にも唇にも晒されていない場所は、僕の身体にはなかった。
 後ろの蕾も、細い指1本で、じわじわとほぐされる。
 出ては入り、出ては入り、その度内壁をちょっと擦る。
 最奥への期待を見事に裏切るその愛撫は、自然と僕の腰を揺らした。
「……気持ちいい?」
 細い目で微笑みながら聞いてくる。
 僕は焦れた疼きに困り果てて、眉根を寄せて頷いた。
「言葉で、返事して」
 指を止められてしまう。
「……ぁ……気持ちいい……です」
「そう、それでいいの」
 満足したように、また指の挿入を繰り返す。
「……ん……はぁ……むつきさん……」
 僕は余りに焦れて、シーツを掴みながら、腰を振った。
「……なぁに?」
 優しく聞き返してくる。
「…………」
 僕は困った。何をどう言ったらいいのだろう。
 たまらず呼んでしまったけど………。
 この焦れを解消してほしいのに……、もっと……
「もっと……奥まで……」
 腰を揺らしながら、口から漏れた言葉。
 僕は自分にびっくりして、口を噤んだ。
「……奥まで……何?」
 先を促すように聞き返しながら、睦月さんの指は止まらない。静かに淡い疼きを繰り返す。
 僕は思わずキュッと、その指全体を貪るように後ろを搾ってしまった。
「……ぁ、あの……奥まで……気持ちよくさせて……」
 羞恥を堪えて、それだけ言う。
「……ふうん。どうやって?」
 楽しそうに睦月さんが聞いてきた。
 ………え?
 思わず顔を上げて、睦月さんを見やる。
 睦月さんは、視線でベッド脇のサイドボードにならべてある物を、僕に示した。
「───!」
 そこには、いろいろな恥ずかしい玩具が並べてあった。
 勉強し尽くした僕は、使ったことはなくてもそれが何かは、解るようになっていた。
「選んで」
 声は柔らかいけど、無常に僕を促す。
 僕は、目がチカチカしちゃいそうな玩具類を真剣に見た。
 選ぶったって……凄過ぎる。とにかく、何でもいいから……
 一番手前にあるスティックが、一番無難かも……。
 あまりエグくないそれをチョイスして、睦月さんに言う。
「……そのスティックで……お願いします……」
 指をゆるゆると出し入れしたまま、睦月さんは、きょとんとして言う。
「どのスティック? それをどうしたらいいの?」
「………!!」
 喉を引きつらせて、睦月さんを凝視してしまった。
 このひとは………!
 にっこりと楽しそうに微笑んで、僕の言葉を待つ。
 僕は舌先で乾いた唇を、ゆっくり舐めて湿らせた。喉もカラカラだ。
 顔が真っ赤になっていくのを止められない。
「……その……ア……アナルスティックで……、僕の……うしろ……アナルを責めて……」
 息を一回吸い込みなおす。
「……僕の中に……奥底まで、入れて……くださいっ……」
 涙目になってしまった。これでいいの? と、最後はぶつける様に言う。
 睦月さんの顔が花のように綻んだ。
「わかった。巽君のして欲しいように、してあげるね」
 手を伸ばしてスティックを持つと、軽く先を振った。
 それは、ペーパーナイフのように取っ手があり、その先に長さ15cm位の棒が付いている。
 その棒は直径2cm位のぽこぽこと丸い玉が連なっていて、挿入時に蕾を刺激するようになっている。
 玉の部分はシリコン製で、先端だけ挿入し易いように楕円になっていた。本体は内臓を傷つけないように、よく撓しなる。
「良いチョイスだね。気持ちよくしてあげるよ……」
 愛おしいとさえ思われていると、錯覚しそうなくらい優しく囁いて、指を抜いて僕の蕾を舐めた。
 ピクンと腰が動いてしまう。
 僕の片足を睦月さんの肩に担いで、反対の脚は膝を曲げて外側に倒す。
 開かれたその蕾にオイルで濡らしたスティックの先を当てがい、ゆっくり挿入してきた。
「……ぁ、あぁ……」
 息を吐いて、咥え入れる。解されているそこは、何の抵抗もなく受け入れていく。
 まっすぐどんどん入って来た。
 僕はこのチョイスをすぐに後悔した。侮っていた。
 ぽこぽこと玉が入るたび蕾は開閉を強要されて、腰が跳ねる。かなり長いので、根元まで入れきるには相当擦られた。
 後孔はぞわぞわと疼き、同時に体内は奥の奥まで貫かれるのだ。
 とたんにゆるゆると、引き抜き始める。
「…ん」
 まっすぐなスティックが一回出入りしただけで、蕾も内臓も受ける刺激が半端じゃなかった。
 入れては引き抜き、入れては引き抜く。動きは優しい様でも、容赦がない。
「ああぁ……、はぁぁ……」
 僕はシーツを掴んで身悶えた。
 抱え上げられた片足が、睦月さんの背中を蹴る。腰を高く掲げて、背中を仰け反らせた。でもそうすると、余計そこを搾ってしまい、快感を煽る。
 睦月さんは、ゆっくりだった動きをどんどん早くした。
「あっ、ああっ、……んあぁ―――!」
 貫かれる。内臓が擦られる。出入りで引きつれる。
 それが生み出す快感の渦に、僕は溺れた。余りの刺激に、開いた口からは唾液をたらし、涙まで出ていた。頭がじんじんして何も考えられない。
 ……まって、まって…
 良すぎる快楽に恐怖の影、内臓がどうにかなってしまいそうで。
「ぁぁ……嫌……いやぁ……むつき……さん……もう……」
 喘ぎながら、無意識に許しを請いていた。
 とたんに、また睦月さんは、手を止めてしまった。
「!?」
 なに……なんでっ……
 身体の揺さぶりがなくなり、上り詰めていた快感が放り出される。
「ぅぅ……?」
 霞む目で、睦月さんを非難する。
「嫌なんでしょう? だから、止めました。嫌がることはしません」
 困ったように薄く笑って、担いでいた脚も、ベッドに落としてしまった。
「……ぁ……」
 僕は、スティックを深々と咥え込んだまま、横たわって震えた。
 うぁ……酷い……
 はあはあと息をしながら、僕は唇を噛んだ。
 こんなの酷すぎるよ……
 涙が止まらない。身体は高みを欲しがり、どこまでも疼く。腰を捩れば中でスティックが暴れる。
 地獄のようだった。
「ごめ……ごめんな……さい」
 ヒクヒクと嗚咽をもらしながら、僕は謝った。
「いやじゃない……嫌じゃないから……続けて………」
 お願い……と言えたかどうか。
「嫌じゃない? それだけ?」
 睦月さんの柔らかい巻き毛が僕の顔に掛かった。
 痙攣している僕の身体に被さるように、覗き込んできたのだ。
「……ぼくはね、相手が自発的に行動してくれないと嫌なんだ。気持ちも、言葉も。だから初め、君が自分でぼくを見るまで待った。動機が仕方なくでも、命令でも。けして惰性でも嫌々でもなく、君自身がぼくと向き合うまで。……今もね、嫌だと言われたらぼくも嫌なんだ」
「……………」
「ほんとに嫌なら止めなきゃ。良いなら良いと言われなきゃ、遣り甲斐がないでしょう」
 じんじんと痺れる頭で、僕は聞いていた。疼く身体が集中を途切れさせる。
 でも、これは、ちゃんと聞かなきゃいけない言葉だ……。
 霞む目を薄く開いて、睦月さんを映す。その表情は、怒っても笑ってもいない。
 困って、真剣に懇願する瞳だった。
 僕は心臓を掴まれた気がした。ツキンと針を刺したように痛い。
「ごめ……ん…なさい……むつきさん」
 僕は新たな涙を流しながら、言葉を漏らした。
 僕は何だかんだ、嫌と言いながら、してもらうことを期待していた。
 恥ずかしくて嫌がってみても、本当は違うから、強引に扱ってくれることに甘えていたのだと気が付いた。真摯に向かい合ってくれた睦月さんに、失礼なことをしてしまったのだ。
「ごめんなさい………ごめんなさい……」
 嗚咽を上げて泣き出してしまった僕を、睦月さんは優しく抱きこんでくれた。
 未だにスティックの刺激から開放されていない身体は、戦慄いている。
「ぼくこそ、ごめんね。ちょっと酷すぎたね。……解ってくれれば嬉しい」
 優しく囁いてくれる。ふわっと微笑んで、僕の耳にキスをしてくれた。
「今後は、気持ちが良い時は、ちゃんとそう言ってね」
「っ……、はい……今、凄い気持ちいいです……」
 柔らかく包み込まれて、心地よい。睦月さんの甘い声が、耳に擽ったくて僕の気持ちを溶かす。
「ふふ……嬉しいな」
 本当に嬉しそうに頬をちょっと赤くすると、僕の後ろに手を伸ばした。
「ん……」
「辛かったね、ごめんね。今度はいかせてあげるから」
「……おねがい……します」
 真剣に答えた僕の瞳にクスリと笑って、もう一度頬にキスをくれた。柔らかい、柔らかいキスを。
 


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